櫻井氏の凛とした佇まいの背景には、昭和の激動を生き抜いた壮絶な生い立ちがあります。彼女の生年月日は1945年10月26日。第二次世界大戦終戦直後の仏領インドシナ(現在のベトナム・ハノイ)で、貿易商を営んでいた両親のもとに生まれました。
生後間もなく一家は過酷な引揚げを経験し、母親の故郷である新潟県長岡市へ移り住みます。戦後の混乱期、生活は決して裕福ではなく、父親の事業の失敗なども重なり、苦難に満ちた少女時代を過ごしました。長岡市内で多感な青春期を過ごした彼女は、新潟県立長岡大手高等学校を卒業後、慶應義塾大学文学部に進学します。
しかし、彼女の視線は早くも世界へ向けられていました。慶應義塾大学を中退し、単身でアメリカへ渡航。ハワイ大学マノア校歴史学部へと編入を果たします。当時のハワイ留学は現在のような華やかな語学留学とは程遠く、経済的な支援のない中での過酷なサバイバルでした。櫻井氏は後年の手記やインタビューで、「皿洗いやウェイトレスのアルバイトを何軒も掛け持ちし、睡眠時間を削って学費と生活費を全額自分で稼ぎ出した」と述懐しています。
ハワイ大学で学士号を取得した後、英字新聞『クリスチャン・サイエンス・モニター』東京支局に勤務。バイリンガルの記者として徹底的なファクトチェックと国際情勢の分析スキルを叩き込まれました。この叩き上げの経歴こそが、彼女が単なる「原稿読みの美人キャスター」で終わらなかった決定的な理由です。