結婚生活にピリオドが打たれたのは、入籍からちょうど9年が経過した2004年2月22日でした。あえて結婚記念日を選んで提出された離婚届に、世間は大きな衝撃を受けます。「なぜあの理想的な2人が別れを選んだのか」「不倫や金銭トラブルがあったのか」と週刊誌各社は過熱取材を行いましたが、現場から浮かび上がった現実は、世間が期待するようなスキャンダルとは全く異なるものでした。
2人の間に子供はいません。別離の引き金となったのは、憎しみや不貞行為ではなく、表現者としてストイックすぎるあまりに生じた「生活のズレ」と「精神的な距離感の変化」でした。当時、永瀬正敏の公式サイトおよび双方が発信したメッセージでは、次のような主旨が語られています。
「お互いがより自由に、自分らしく生きていくための前向きな選択である」
関係者の証言や当時の手記を辿ると、家庭という制度の中に身を置くことで、互いに対する甘えや重荷が生まれ、相手の芸術的な純度を濁してしまうのではないかという葛藤があったことが窺えます。小泉今日子は後に自著やインタビューで、結婚生活を振り返り「一緒にいることで自分が相手を縛り、相手の才能を削いでしまうような感覚」を抱いていたことを明かしています。愛していないから別れたのではなく、「互いのリスペクトを守り抜くために婚姻関係を解消した」というのが、2人が下した決断の核心でした。