1615年の大坂夏の陣において、壮絶な討ち死にを遂げた真田幸村。その直系男子は断絶したと思われがちですが、実際には奇跡的に命脈をつないでいました。その鍵を握ったのが、敵将であった伊達政宗の重臣・片倉小十郎重長です。
落城の混乱の中、幸村の次男・大八(守信)や娘の阿梅らは片倉重長に託され、白石城(宮城県白石市)で秘密裏に匿われました。幕府の厳しい追及をかわすため、大八は一時「片倉久米之介」を名乗り、身分を偽装。その後、幕府の警戒が緩んだ江戸中期に真田姓への復姓を認められ、ここに仙台真田家が正式に確立されたのです。
この仙台真田家も代々受け継がれ、第14代当主を務めた真田徹氏をはじめとする末裔の方々が、自らのルーツを記録する執筆活動や歴史講演を通じてその絆を守ってきました。現在では首都圏や東北地方で一般市民として平穏な暮らしを営みつつ、歴史イベントや法要などの節目には親族が集い、幸村の記憶を伝承しています。