人間にとって食欲をそそる爽やかな酸味も、偏性肉食動物である猫にとっては「警戒警報」に他なりません。猫が酢を嫌う理由の根底には、数万年にわたる野生のサバイバルで培われた緻密な生体防衛システムが存在します。
猫の嗅覚は人間の数万倍から数十万倍の鋭敏さを誇ります。自然界において肉が傷み、細菌が繁殖して腐敗が進行すると、タンパク質が分解されて酸性物質が発生します。猫の脳は、酢の主成分である「酢酸」のツンとした揮発臭を「腐敗した肉=摂取してはならない毒」と直結させて知覚します。生き延びるために酸っぱい匂いを徹底的に回避するプログラムが、遺伝子レベルで組み込まれているのです。
また、猫が酢の瓶や柑橘類の近くで上唇を引き上げ、口を半開きにして虚脱したような表情を浮かべることがあります。これは猫のフレーメン反応と酢の臭いが引き起こす独特の生理現象です。切歯の裏側にある「ヤコブソン器官(鋤鼻器)」に気体分子を送り込み、フェロモンや未知の化学成分を分析しようとする行動ですが、刺激臭が強すぎる場合、フレーメン反応の直後に激しく頭を振ったり、前足で鼻先を擦るような強い不快行動へと移行します。決して面白がって繰り返し嗅がせてよい刺激ではありません。