なぜこの店がこれほどまでに別格の扱いを受けるのか。それは、今日世界中で愛される札幌ラーメンの歴史において味の三平こそがすべての源流だからです。時計の針を昭和20年代後半へと巻き戻してみましょう。
創業者である大宮守人(おおみや まもりと)氏は、戦後の屋台街でラーメンを提供しながら、常に「一杯の丼の中で完全な栄養を摂取できないか」という医食同源の思想を抱いていました。当時、スイスの食品学者・エドガー・ブルヒャー博士が唱えた「日本人はもっと味噌を食生活に活かすべきだ」という学説や、雑誌「暮しの手帖」に掲載されていた味噌汁の考察記事に強いインスピレーションを受けた大宮氏は、豚汁の滋味をヒントに試行錯誤を重ねます。
当時の常客が「丼に味噌汁を入れて麺を泳がせてみてはどうか」と提案した逸話も残されていますが、単なる味噌汁うどんのようなものではラーメンとして成立しません。大宮氏は白味噌を基調にニンニクやスパイスをブレンドした特製味噌ダレを開発。1954年(昭和29年)頃から常連客向けの裏メニューとして提供を開始し、翌1955年(昭和30年)に正式メニューとして「味噌味メン」を世に送り出しました。これが公式に記録された味の三平による味噌ラーメン発祥の瞬間です。
さらに見逃せない歴史的快挙が、麺の進化です。当時の札幌の麺は、白っぽく伸びやすいストレート麺が主流でした。大宮氏は「スープに負けない強いコシがあり、濃厚な味噌をしっかりと持ち上げる麺」を求め、製麺所「西山製麺」の創業者である西山孝之氏と膝を突き合わせて開発に没頭します。加水率を極限まで高め、熟成庫で寝かせることで生まれる琥珀色の輝きと強いウェーブ。こうして1955年に完成した西山製麺の多加水熟成ちぢれ麺は、やがて札幌ラーメン全体の業界標準となり、全国へと波及していきました。