ドラマ『仰げば尊し』の企画原案は、フィクションではなく1980年代の神奈川県で実際に起きたノンフィクションの手記です。石川高子氏の著書『ブラバンキッズ・ラプソディー 野庭高校吹奏楽部と中澤忠雄の挑戦』『ブラバンキッズ・オデッセイ 野庭高校吹奏楽部と中澤忠雄の奇跡』を原案としています。
モデルとなったのは、かつて横浜市港南区に存在した神奈川県立野庭高等学校(のばこうとうがっこう)吹奏楽部。そして、寺尾聰が演じた樋熊迎一のモデルこそが、伝説の指導者・中澤忠雄(なかざわ ただお)先生です。
当時、開校間もない野庭高校は校内暴力や非行が横行し、荒廃した教育現場のひとつでした。そこへ指導者として迎えられたのが、プロのサックス奏者として活動した経歴を持つ中澤氏でした。音楽の門外漢や不良生徒たちに対し、中澤先生は頭ごなしに叱責するのではなく、「音を聴けば心の傷がわかる」「本気でぶつかれば人間は変われる」という全幅の信頼を注ぎ込みました。
生徒たちと寝食を共にし、時には本気で涙を流しながら向き合った結果、同部はわずか数年で全国大会の常連校へと成長。全日本吹奏楽コンクールで通算数多くの金賞を獲得し、吹奏楽関係者の間で「野庭サウンド」と称される豊潤で温かいハーモニーを響かせました。
しかし、中澤先生は病魔に冒され、1996年に56歳の若さでこの世を去りました。旅立つ直前まで生徒たちの指導に命を削ったその壮絶な生涯は、教え子たちの心に強烈な光を残しました。野庭高校自体は2003年に神奈川県立日野高校と統合され、現在は神奈川県立横浜南陵高校へと改編されましたが、遺された魂は卒業生や吹奏楽界のレジェンドたちの間で今も生き続けています。