農村の集団農場(コルホーズ)で大工の息子として生まれたガガーリンは、鋳造工を経てソ連空軍のパイロットとなり、過酷な選考を勝ち抜いて初代宇宙飛行士の栄冠を掴みました。身長157cmと小柄であったことも、狭小なボストーク1号の球形カプセルに搭乗する上で有利に働いたとされています。
帰還後は一躍「世界一の有名人」となり、世界各国を歴訪。日本にも1962年に来日し、各地で熱狂的な歓迎を受けました。しかし、国家の至宝となった彼は「二度と失ってはならない象徴」として危険な宇宙飛行任務から外され、過密な公務と重圧に苦悩することになります。
再び飛行訓練への復帰が認められた1968年3月27日、ガガーリンはMiG-15練習機での飛行訓練中に突如墜落し、34歳の若さで殉職しました。彼が管制塔に残した最後の言葉は「625了解、指示に従い旋回中」という、極めて日常的な計器報告の通信でした。