田中邦衛さんの役者人生は、決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。岐阜県土岐郡土岐津町(現・土岐市)の美濃焼の窯元に生まれ、麗澤短期大学を卒業後は中学校の代用教員を務めた経歴を持ちます。しかし芝居への情熱を断ち切れず上京し、難関として知られた俳優座養成所に第7期生として入所しました。
同期には井川比佐志さんらがおり、同期生と切磋琢磨する中で独特の哀愁と野性味を帯びた演技力を磨き上げます。映画界に進出して以降は、東宝の国民的娯楽作『若大将シリーズ』におけるお調子者のライバル「青大将」こと石山新次郎役で大ブレイクを果たしました。コミカルでどこか憎めないキャラクターで一世を風靡する一方、深作欣二監督の金字塔『仁義なき戦い』シリーズでは、狡猾さと弱さを併せ持つ槙原政吉役を怪演し、日本映画界に不可欠なバイプレイヤーとしての地位を確立します。
悪役から喜劇、骨太な社会派ドラマまで演じ分ける圧倒的な幅の広さを持っていたからこそ、倉本聰氏が描く「脆く、弱く、それでも子供たちに愛を注ぐ父親」という黒板五郎役の唯一無二のリアリティを体現できたのです。