なぜこのような地域差が生まれたのかを紐解くには、昭和のアナログテレビ放送初期における電波割り当ての経緯を理解する必要があります。
1953年、東京で日本初のテレビ本放送を開始したNHK東京(JOAK-TV)には、物理チャンネルとして「VHF 1チャンネル(周波数90〜96MHz)」が割り当てられました。これがいわゆる「1チャンネル=NHK」という原体験の起点です。しかし、地方都市へテレビ網を拡張していく際、隣接地域との電波干渉(混信)を防ぐため、地域ごとに異なる物理周波数が割り振られました。
名古屋(中京圏)や青森、仙台、札幌などの主要拠点では、技術的・地理的な電波配置の都合上、NHK総合よりも先に、あるいは同時に開局した地元民間放送の親局送信所にVHF 1チャンネルが割り当てられたのです。
例えば、東海テレビ(1958年開局)や青森放送(1959年テレビ放送開始)は、開局当初から親局がアナログ1チャンネルでした。対して、当時の名古屋のNHK総合は「アナログ3チャンネル」を使用していたため、地元住民にとっては「1チャンネル=東海テレビ」「3チャンネル=NHK」という認識が昭和・平成を通じて半世紀以上にわたり定着していました。
2000年代初頭、総務省主導で地上デジタル放送への移行方針が策定された際、「リモコンキーID」という仕組みが導入されました。総務省は原則として「全国同一系列での統一」や「旧アナログ親局番号の尊重」を基本方針として掲げましたが、アナログ時代に1チャンネルを使ってきた地方局にとって、「1」を手放すことは死活問題でした。激しい協議の末、「アナログ時代に親局1chとして長年親しまれてきた民放局には、そのままID 1の使用を認める」という決着が図られたのです。