社会構造の観点から振り返ると、平成9年(1997年)は「昭和から続いた右肩上がりの日本経済神話が完全に崩壊した年」として、歴史の教科書や経済史に深く刻まれています。平成9年出来事ニュースまとめを紐解くと、現代の日本社会が抱える構造的課題の多くがこの年に端を発していることが浮き彫りになります。
最大の経済的衝撃は、消費税5パーセント平成9年4月1日施行の引き上げです。当時の村山政権下で法案が成立し、橋本龍太郎内閣によって3%から5%へ引き上げられました。直前には駆け込み需要による消費増が見られたものの、直後から激しい反動減に見舞われ、日本経済は長期的なデフレーションの深淵へと足を踏み入れることになりました。
さらに同年秋、列島を揺るがしたのが大手金融機関の連鎖破綻です。11月3日に三洋証券が会社更生法を申請したのを皮切りに、11月17日には都市銀行の一角であった北海道拓殖銀行(拓銀)が経営破綻。そして11月24日、四大証券の一角を担っていた山一證券破綻1997年の記者会見が行われました。
当時、会見場となった兜町の東京証券取引所で、野澤正平社長(当時)が机に突っ伏して嗚咽し、カメラのフラッシュを浴びながら発した魂の叫びは、メディアを通じて全国民の脳裏に焼き付きました。
「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから! 一人でも多く、再就職できるように皆さん応援してください!」
大手金融機関であっても倒産するという現実は、終身雇用制度と護送船団方式の終焉を全国に知らしめました。加えて同年は、神戸連続児童殺傷事件の発生により未成年犯罪や少年法改正をめぐる議論が激化。国際社会では地球温暖化対策の枠組みである「京都議定書」がCOP3で採択され、年末には首都圏の動脈となる「東京湾アクアライン」が開通するなど、激動と変革が激しく交錯した1年でした。