この奇跡的な木版画が生まれる中心となったのが、当時美術教師として子どもたちを指導していた坂本小九郎(さかもと こくろう)氏です。坂本教諭の教育方針は「上手に描かせること」ではなく、「内面にある感情や感覚を自由に解き放たせること」にありました。
障がいを持つ生徒たちが、自らの身体感覚と感情を木版にぶつけ、彫刻刀のひと彫りひと彫りに命を宿らせていく過程を坂本氏は粘り強く支えました。生徒たちが自由に描いた下絵を寄せ集め、ひとつの壮大な宇宙としてまとめ上げたのが『虹の上をとぶ船』のシリーズです。
完成した版画は日本国内のみならず国際的にも高い評価を受け、版画集としても出版されました。宮崎監督が受け取ったのは、単なる絵画のビジュアルではなく、坂本教諭と子どもたちが魂を削って生み出した表現への情熱そのものだったと言えます。