インターネット上の掲示板や一部の真偽不明なまとめ記事では、今なお「父親は聖子を勘当したまま亡くなった」「晩年まで確執が続いて顔を合わせなかった」という言説が散見されます。しかし、綿密な事実確認を行うと、これらは完全なデマ・誤解であることが分かります。
実際には、聖子がトップアイドルとしての地位を不動のものにした後、親子の関係は極めて健全な成熟期を迎えていました。1990年代に入り、孜氏が高齢になると、聖子は福岡の久留米から両親を東京に呼び寄せ、世田谷区内の豪邸の敷地内で同居生活をスタートさせています。
公務員として質素倹約を貫いてきた孜氏は、芸能界の華美な世界とは一定の距離を保ち続けましたが、家庭内では穏やかな父娘の時間を過ごしていました。そして1999年(平成11年)11月24日、孜氏は肺不全のため都内の病院で息を引き取りました。享年85でした。臨終の場には聖子も駆けつけ、長年にわたる感謝の言葉を涙ながらに伝えてその最期を看取っています。葬儀は密葬として近親者のみで執り行われ、聖子は喪主を務めた母・一子さんを支えながら、深く静かに父の死を悼みました。