なぜ「月を越える」ことが「大喜び」を意味するようになったのでしょうか。その起源を探ると、イギリスで古くから親しまれてきた伝承童謡集(マザー・グース)の有名な一節『Hey Diddle Diddle』に行き着きます。
このナンセンス詩の中には、次のような象徴的なフレーズが登場します。
"Hey diddle diddle, the cat and the fiddle,
The cow jumped over the moon..."
(ヘイ・ディドル・ディドル、猫にバイオリン、牛が月を飛び越えた…)
物理的にはあり得ない「牛が月を跳び越える」という荒唐無稽な描写は、当時の人々にとって「重力や常識を完全に無視してしまうほどの圧倒的な高揚と興奮」のメタファーとして受け止められました。18世紀の作家ジョナサン・スウィフトや19世紀のチャールズ・ディケンズの著作にも月を越える比喩表現が見受けられますが、現代のように「大喜びを表す定型イディオム」として英語圏全土に広く浸透したのは、20世紀中盤のイギリスのスポーツ報道が契機とされています。
特に1970年代、イングランド代表監督を務めたサー・アルフ・ラムゼイをはじめとするフットボール関係者が、劇的な勝利を収めた後のテレビインタビューで「I'm over the moon with the result(この結果に有頂天になっている)」と繰り返し語ったことで、大衆の日常会話へと急速に定着していきました。