歴史の糸をたどれば、抹茶の存在感は日本の精神文化そのものと直結しています。安土桃山時代、千利休が大成させた「茶道」において、抹茶は単なる飲料を超えた総合芸術の中心に位置づけられました。京都の「宇治茶」に代表される伝統的な産地では、手摘みと伝統的な覆い下栽培が何世紀にもわたり頑なに守り継がれています。
一方で、広大な茶畑と近代的な機械化技術で知られる「静岡茶」などの大産地では、煎茶の生産効率を高める中で高品質な粉茶が日常茶として洗練されてきました。敷居の高い伝統儀礼として発展した抹茶と、庶民の日常や江戸の屋台文化(寿司の普及)とともに発展した粉茶。両者は歴史的にも異なる役割を担いながら、日本人の生活を支えてきたのです。