なぜ三島は、太宰をこれほどまでに拒絶し続けたのか。その根底には、徹底した文学的リアリズムと美意識の対立が存在する。
太宰治が描いたのは、自らの恥や弱さ、滑稽さをさらけ出すことで読者の共犯関係を誘う「告白の文学」だった。太宰にとって自己否定は、最も純粋な自己表現の手段でもあった。だが、三島由紀夫にとって、弱さを売り物にし、自己憐憫に浸る態度は耐え難い甘えに映った。
三島はギリシャ古典に範を求めた厳格な構造美、意志の力によって現実をねじ伏せる強靭な文体を信奉した。三島が最も恐れたのは、自らの内奥にも潜む「太宰的な弱さ」や「甘美な破滅願望」だったのではないか。太宰の死後もなお、三島がエッセイなどで繰り返し太宰への批判を繰り返した事実そのものが、逆説的に太宰という亡霊の巨大さを証明している。