この楽曲を語る上で避けて通れないのが、歌い手である美空ひばり本人の壮絶な晩年エピソードです。1980年代前半、ひばりは実母・喜美枝をはじめ、最愛の弟たちを相次いで亡くし、精神的に孤立無援の淵に立たされていました。さらに自身も慢性肝炎と特発性大腿骨頭壊死症という重い病に蝕まれ、激しい肉体的な激痛と闘っていました。
そんな折に出会った『愛燦燦』は、ひばりにとって単なる新曲ではなく、自らの傷ついた魂を癒やす「祈り」そのものでした。レコーディングの際、ひばりは小椋佳のデモテープを聴き込み、過度な技巧やコブシを極力削ぎ落とし、素朴で透明感あふれる歌唱スタイルを選択しました。
1988年4月、重病から奇跡の復活を遂げた東京ドーム「不死鳥コンサート」において、ひばりは白のドレスを身にまとい、満面の笑みで『愛燦燦』を歌い上げました。歩くことさえ困難な激痛を抱えながら、観客に愛の光を届けようとしたその姿は、多くの人々に「生きる勇気」を与え、楽曲の説得力を永遠のものにしました。