藤子不二雄Ⓐという作家を語る上で欠かせない最大の魅力が、人間の心の隙間を容赦なく暴き立てる「ブラックユーモア」です。
その頂点に君臨するのが、1968年に『黒イせぇるすまん』として誕生し、のちにテレビアニメ化されて社会現象となった『笑ゥせぇるすまん』です。主人公・喪黒福造は、困窮する現代人に救いの手を差し伸べるようでいて、相手が抱える欲望や倫理の境界線を試します。「約束を絶対に破ってはなりませんよ」という忠告を破った瞬間、人差し指を突きつけて放たれる「ドーン!」の一撃。読者は主人公の破滅を目の当たりにし、底知れぬ恐怖と後ろ暗い快感を同時に味わうことになります。
なぜⒶ氏の描くダークサイドは、半世紀を経てもなお色褪せないのでしょうか。それは、作中に登場する欲望――見栄、嫉妬、怠惰、孤独、色欲――が、読者自身の胸の奥底にある感情そのものだからです。安孫子氏自身、仏教寺院(富山県氷見市の光禅寺)に生まれ育ち、幼少期から「人の生死」「無常観」「人間の善悪の揺らぎ」を皮膚感覚で知っていました。悪人を単なる悪として断罪するのではなく、誰もが抗えない弱さを持った哀しい存在として描くからこそ、読者の胸に深く刺さるのです。
この特異な作家性は、『魔太郎がくる!!』における理不尽ないじめへの怨念返しや、『ブラック商会変奇郎』における骨董品を巡る人間の浅ましさ、『喝揚丸ユスリ商会』の生々しい社会風刺へと結実しました。子供向けの明快なヒーロー像から、背徳感漂うピカレスク・ロマンまでを軽やかに横断する振れ幅の広さこそが、Ⓐワールドの真骨頂です。