インターネット上で現在も根強く拡散されているのが、「『世界の起源』は元々全身像であり、後から顔の部分が切り取られて分割された」という言説です。この噂が一気に加熱した契機は、2013年にフランスのアマチュア美術愛好家が「切り取られた頭部の絵を発見した」と主張した出来事でした。
ある男性がパリの古物商からわずか1,400ユーロ(約18万円)で購入した油彩の女性肖像画(恍惚とした表情を浮かべて上を見上げる女性の顔)について、クールベ研究家の一部が「切断された上部である」とお墨付きを与えたと大々的に報じられたのです。もし頭部と胴体が合体すれば、絵画の価値は数千万ユーロに跳ね上がるとされ、国際的なニュースとなりました。
しかし、この主張はオルセー美術館の科学的調査および国際的な専門家委員会によって即座に退けられました。オルセー美術館の公式見解および調査データによると、理由は極めて明白です。
- キャンバス規格の完全性:『世界の起源』は当時の標準的な画布規格である「10号人物用キャンバス(Toile de 10 Figure)」に正確に張られており、端部に切断された形跡がない。
- 地塗りと筆致の不一致:顔の絵とされる作品と『世界の起源』では、使用されている下地塗料の成分、布の織り密度、絵具の層構造が科学的に合致しなかった。
- 構図の意図性:クールベは意図的に顔を排除することで、個人のアイデンティティを消去し、普遍的な「生命の起源」としての象徴性を高めるフレーミングを採用していた。
つまり、「顔の絵が存在する」という言説は、市場価値の吊り上げを狙った誤った推測、あるいは後世に作られたゴシップに過ぎません。切り取られたのではなく、最初から「顔を描かないこと」こそがクールベの過激な芸術的ステートメントだったのです。