なぜ防げなかった?女子高生コンクリート詰め殺人事件の真相と犯人の現在

なぜ防げなかった?女子高生コンクリート詰め殺人事件の真相と犯人の現在

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凄惨極まる事件の端緒は、1988年11月25日夕方に遡ります。埼玉県三郷市の路上で、アルバイトを終えて自転車で帰宅途中だった埼玉県立高校3年生の女子生徒(当時17歳)が、少年グループによって故意に転倒させられました。通りかかりを装った別の少年が「送っていく」と欺いて拉致し、東京都足立区綾瀬にある少年Cの自宅2階へと連れ去ったのです。

監禁は1988年11月25日から翌年1989年1月4日までの41日間に及びました。その間、主犯格の少年Aを中心とする不良グループは、被害者に対して暴力、性暴力、飲食の制限、火をつけたライターでの火傷など、想像を絶する拷問を日常的に加え続けました。現場となった部屋には、犯行グループの友人や知人など延べ100人近くの少年たちが出入りしていたと法廷で認定されています。

被害者は栄養失調と度重なる全身打撲による外傷性ショック、肺鬱血などが重なり、1989年1月4日に息を引き取りました。犯行の発覚を恐れた少年らは、遺体を江東区内の作業場から盗み出したドラム缶に入れ、生コンクリートを流し込んで密閉。同区若洲の海浜公園埋立地に遺棄しました。

事件が明るみに出たのは、少女の死亡から約2か月後の1989年3月下旬でした。警察が別の強姦・強盗事件で少年グループの一員を逮捕・追及する過程で、「実は人を殺してコンクリート詰めにし、海に捨てた」と供述したことで事態が急転。供述通りの場所からドラム缶が引き揚げられ、遺体が発見されたことで、日本中を凍りつかせた猟奇事件の全貌が白日の下に晒されることになりました。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。