鮮やかな黄緑色に黒い帯、そして無数に散りばめられたオレンジ色の斑点。キアゲハの終齢幼虫が放つビジュアルは、自然界において捕食者へ危険を知らせる典型的な「警戒色(警告色)」です。そのため、インターネット上の知恵袋や園芸コミュニティでは「刺されたら腫れるのか」「誤って触ってしまったが大丈夫か」といった不安の声が頻繁に投稿されています。
昆虫分類学および生理学の知見に基づき検証すると、キアゲハの幼虫には毒針や毒毛、刺毒成分などの危険物質は一切存在しません。毛虫のように触れただけで皮膚炎を起こす接触毒もないため、素手で触れたとしても人体に物理的な危害が及ぶ心配は皆無です。
それにもかかわらず多くの人が恐怖を覚える最大の要因が、外敵に刺激された瞬間に頭部後方から突如として突き出される、二股に分かれたオレンジ色の器官です。これは「臭角(しゅうかく)」と呼ばれる伸縮自在の肉角で、身に危険を感じた際に血圧を急激に上昇させて反転突出させます。
臭角から放たれる強烈な異臭は、イソ酪酸や2-メチル酪酸といった揮発性脂肪酸が主成分です。幼虫は捕食者であるアリやクモ、小鳥などの天敵から身を守るために、化学兵器としてこの悪臭ガスを噴射します。人間にとっては独特の酸味を帯びたハーブと果実が混ざったような異臭として感じられますが、皮膚に付着しても石鹸で洗い流せば健康上の問題はありません。毒を持たない無防備な体が進化の過程で手に入れた、極めて高度な威嚇防御システムなのです。