数字の裏側にある現場の息づかいを追うと、決して楽観視ばかりはできない切迫感も見えてきます。今川下流のみやこ町や行橋市に広がる水田地帯の農業関係者は、当時の特番インタビューや手記で語られた歴史的な教訓を今も鮮明に記憶しています。地元農家の男性は公の場で見せた表情の翳りそのままに、次のように胸中を漏らします。
「昭和や平成の渇水の時、川底が見えて田んぼに水を引けず、ひび割れた土を前に立ち尽くすしかなかった。油木ダムの水位が下がり始めると、どんなに『大丈夫』と言われても胸がざわつく。田植えの時期に雨が降らなければ、死活問題だ」
一方、北九州市水不足の影響を最小化する前線に立つ水道行政担当者の証言からは、高度に張り巡らされた現代インフラの防衛線が浮かび上がります。
「現在の北九州市の水道システムは、昭和の大渇水時代とは根本的に異なります。遠賀川からの取水ルートや、紫川水系、ます淵ダム、さらには福岡県ダム貯水率一覧に連なる複数の水源ネットワークが構築されています。油木ダム単独の水位低下が、直ちに北九州市民全員の断水へ直結するわけではありません。ただし、送水管の能力や水質管理の面で限界値はあるため、無駄遣いを控えていただく協力が最大の防壁になります」