フレイザーの思想を語る上で欠かせないのが、1990年代から2000年代にかけて展開された「承認(Recognition)」と「再配分(Redistribution)」をめぐる正義論です。彼女は、社会的不正義を大きく2つの類型に分類しました。
1つは、階級差別や富の不均衡といった経済的構造に起因する不正(分配の不正)であり、これに対する是正策が「再配分」です。もう1つは、人種差別や性差別、性的マイノリティの排除といった文化的な評価尺度に起因する不正(地位の不正)であり、その是正策が「承認」です。
フレイザーは、これら双方が複雑に絡み合う現実において、どちらか一方に還元することなく、対等な立場で統合して捉える「遠近法的二元論」を提唱しました。この立場から巻き起こったのが、ドイツの哲学者アクセル・ホネットとの有名な「ホネット・フレイザー論争」です。
ホネットが「承認こそが正義の根本概念であり、再配分の要求も承認を求める闘争の一環である」と主張したのに対し、フレイザーは「経済的搾取には文化的な承認要求に還元できない自律的な市場の論理が存在する」と反論。経済的公正と文化的承認の双方が揃わなければ、市民が対等な立場で社会参加する「参加のパリティ(対等性)」は達成できないと論じました。
さらに著書『正義の諸尺度』では、グローバル化が進む世界に対応するため、誰が正義の要求を行う権利を持つのかを決める「代表(Representation)」という政治的次元を追加。不正義を「経済的配分」「文化的承認」「政治的代表」の三次元から捉える枠組みを完成させました。