「家庭学校」といえば、北海道遠軽町(えんがるちょう)にある北海道家庭学校を連想する方も多いでしょう。東京家庭学校と北海道家庭学校は、留岡幸助の理想を追求する過程で生まれた、深い兄弟関係にあります。
東京・巣鴨で始まった東京家庭学校ですが、都市の急速な宅地開発が進むにつれて周辺環境が騒がしくなり、留岡が目指す「豊かな大自然の中で土と向き合う教育」の実践に物理的な限界が生じ始めました。そこで留岡は、より広大な大地を求め、1914年(大正3年)に北海道オホーツク管内の遠軽に分校となる北海道家庭学校を開拓・設立します。
2つの学校の役割と性格の違いは、次の通り明確に整理できます。
・東京家庭学校(都市型):
都市部における非行少年や生活困窮児の受け入れ窓口として機能し、家庭環境の調整や基礎的な生活指導を担当。都市化への対応と児童福祉制度への働きかけの拠点。
・北海道家庭学校(自然・農場型):
広大な山林と農場(社名淵地区)を有し、完全な小舎夫婦制のもとで本格的な農業・林業体験を通じた長期的な人格形成を実施。
都市の受け皿としての東京、そして自然教育の究極の実践場としての北海道。留岡は両輪を機能させることで、少年の立ち直りを多角的に支えるネットワークを構築しました。