日本社会における障害者福祉の言説で最も根深い盲点は、「誰もが無条件に障害者を受け入れ、愛情や共感を持たなければならない」という道徳主義的プレッシャーです。この「共感の義務化」こそが、一般市民の苦手意識を地下に潜らせ、過度な罪悪感と反発を生む元凶となっています。
ネット上で散見される「気持ち悪いと思う人間は差別主義者だ」という過激な断罪は、人間の生物学的脆弱性を無視した暴論です。専門の精神科医や社会心理学者が指摘するように、感情そのものをコントロールすることは不可能です。制御できるのは「その感情を持った上で、どう行動するか」という振る舞いの選択だけです。
また、知的障害者との付き合い方において「対等に向き合うこと」を「普通の人とまったく同じように接すること」と誤認するケースも多発しています。抽象的なニュアンスや暗黙の了解を前提とした会話を仕掛けると、相手を混乱させ、結果としてパニックや攻撃的な反応を引き起こしてしまいます。「配慮」とは無理に心を通わせることではなく、相手の処理能力に合わせた「情報伝達の最適化」に他なりません。