敷地面積約1万坪、延床面積約970坪という圧倒的なスケールを誇る旧前田家本邸洋館。足を踏み入れた来訪者の多くが「これほどの文化財が、なぜ無料で見学できるのか?」と驚きの声を漏らします。その真相は、波乱に満ちた建物の歴史と、行政による文化財保全の理念にあります。
陸軍大将を務めた前田利為侯爵は、駐英武官としての滞在経験から「海外の賓客を堂々と迎賓できる、日本を代表する本格的な洋館」の建設を決意しました。設計指導には東京帝国大学教授の塚本靖、基本設計には宮内省内匠寮出身の高橋貞太郎を起用。当時の一流の宮大工や家具職人が結集し、西洋の意匠と日本の高度な伝統技術が融合した至高の館が完成しました。
しかし太平洋戦争中、利為侯爵がボルネオ島で戦死したのち、終戦を迎えると邸宅は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって接収されます。第5空軍司令官ホワイトヘッド中将らの官邸として接収されたことで、内部の改装や改変を余儀なくされた暗い時代を経験しました。
転機が訪れたのは1957年(昭和32年)の接収解除後です。敷地と建物は国有地を経て東京都の所有となり、目黒区によって「駒場公園」として整備されました。東京都教育庁および関係機関の手によって2018年(平成30年)には約2年におよぶ大規模な保存修理工事が完了し、竣工当時の華麗な姿が忠実に復元されました。
現在、旧前田家本邸洋館および和館が無料で公開されているのは、「広く市民に公開し、近代日本の文化遺産を次世代へ継承する」という東京都の都有文化財公開方針に基づいているためです。都民や国内外の来訪者が文化の深みに気軽に触れられる公共インフラとして維持管理されているからこそ、私たちはこの贅を尽くした空間を無償で体感できるのです。