誤ってカビの生えた食品を飲み込んでしまった瞬間、誰しもが最悪の事態を想起します。しかし、人体の生体防御システムは極めて強固です。健康な成人の胃袋には、金属をも溶かす強力な塩酸を含む胃酸(pH1.0〜2.0)が常に分泌されており、侵入した微生物の細胞壁やタンパク質を急速に変性させます。これが「カビを食べても何事も起きない人が多い最大の医学的理由」です。
ただし、これで100%安全と言い切れるわけではありません。カビそのものによる害だけでなく、カビが生えるほど劣化・変質した環境下で同時に爆発的増殖を遂げた黄色ブドウ球菌やセレウス菌などの細菌感染・毒素型食中毒が併発している場合、明確な自覚症状が現れます。
注意深く経過を観察すべき「潜伏期間と時間ごとの症状推移」は以下のタイムラインに分かれます。
【摂取直後〜2時間以内(急性・心理的反応期)】
誤食直後に吐き気や胃のムカつきを覚えるケースがありますが、これは菌の毒性ではなく「カビを食べてしまった」という強烈な嫌悪感やパニックによる自律神経の乱れ(心因性嘔吐反応)であるケースが目立ちます。ただし、細菌のエンテロトキシン(毒素)が既に食品中で大量産生されていた場合、食後30分〜数時間で急激な嘔気・嘔吐が引き起こされます。
【食後4時間〜12時間(毒素型食中毒の警戒期)】
最も症状が具現化しやすい時間帯です。カビと共に増殖した黄色ブドウ球菌などの毒素が小腸に到達すると、激しい腹痛、下痢、悪心、冷や汗を伴う激しい水様便が突発的に始まります。
【食後12時間〜48時間(感染型食中毒・腸管炎症期)】
サルモネラ属菌や病原性大腸菌などが混在していた場合、菌が腸粘膜内で増殖・侵入を果たすまでに半日〜2日ほどの潜伏期間を要します。微熱から38度前後の発熱、腹部の差し込むような痙攣痛、頻回の泥状・水様性下痢が持続するのが特徴です。
48時間を何事もなく経過し、平熱で消化器症状も認められない場合、誤食したカビは胃酸によって分解・不活化され、消化管を無害のまま通過したと判断できます。