「言葉遣いとしては古風で丁寧に見えるのに、なぜ上司や恩師に使ってはならないのか」という疑問は、SNSの知恵袋や質問コミュニティでも年間を通じて頻出するトピックです。結論から言えば、「幸多からんことを」を単体で目上の人へ贈るのはマナー違反と判定されます。そこには日本語の力学に関わる決定的な理由が2点存在します。
第1の理由は、前述した「文末の省略(助詞止め)」です。ビジネスメールや公の挨拶文において、文章を「〜ことを。」で完結させる行為は、文法的に未完成な文を相手に投げかける形になります。親しい友人や年下の相手であれば「粋な余韻」として成立しますが、敬意を尽くすべき上位者に対しては「言葉を途中で投げ出した、ぞんざいな態度」と受け取られかねません。
第2の理由は、社会言語学やポライトネス理論で論じられる「祈念の視点とパワーバランス」です。誰かの幸福を「祈る・願う」という行為は、一歩引いた高所から相手の人生全体を俯瞰し、慈しむような視点を含みやすい性質があります。上司や取引先の役員に対し、部下側のポジションから「あなたに幸せがあらんことを祈る」と告げる構図は、心理的な上下関係の逆転を生じさせ、「何様目線なのか」という不快感を与える危険性を伴うのです。