身一つで流れ着いた野心家というイメージも、もはや過去の遺物だ。近年の研究成果により、早雲は室町幕府の申次衆を務めた名門・伊勢氏の出身であり、京都の中枢で高度な法制や行政実務を修めたエリート官僚であったことが確定している。この政務能力こそが、単なる一兵卒や野盗の頭目とは一線を画す最大の強みだった。
混沌とした戦乱に乗じた無謀な力任せの侵攻ではない。幕府の権威構造や周辺大名の動向を完璧に把握し、法と交渉を武器にする手法を一貫して貫いた。戦国大名としての彼の成功は、野心や武勇だけに依存したものではなく、冷徹な現状分析と実務処理能力に裏打ちされていたのだ。