さらに根本的な「なぜ」を掘り下げると、紀元前1300年頃の中国・殷時代の甲骨文字や周時代の金文にまで時計の針を巻き戻すことになります。漢字学の権威である白川静氏の体系や文字学の知見に照らし合わせると、「右」と「左」は本来まったく異なる手のスケッチから誕生したことがわかります。
古代文字における「右」の原型は、右手の五指を伸ばした形を記号化した「𠂇(ゆう)」に、神への祈りの祝詞を入れる器とされる「口(さい)」を組み合わせた文字です。右手は神の加護を求める神聖な行為や、食事の際に神聖な器を持つ手とされていました。この右手を甲骨文字でスケッチした際、手首から親指側へ向かう主たる骨格の線が「上から左下への払い(ノ)」として捉えられました。
一方の「左」は、左手の形を表す「𠂇(さ)」に、呪術や測量に用いる工具・定規をかたどった「工」を添えた文字です。古代において左手を描く際は、手のひらを横に広げて水平に構えるポーズが基準となったため、横の線(一)が骨組みの基軸線として認識されました。
さらに時代が下り、漢代から唐代にかけて楷書・行書・草書が確立されるプロセスで、書家たちは筆の毛先が紙から離れる瞬間の「空中での軌跡」を洗練させていきました。右手を表す字は縦方向の勢いから横へ流れて「口」を囲む形が定着し、左手を表す字は横の突っ張りから下へ払って「工」の水平運動へ受け渡す形が美の基準となったのです。現代の私たちが小学校で教わる書き順の違いは、3000年以上の歴史を持つ古代人の身体感覚と書の美学の結晶そのものと言えます。