飴食い競争の起源を辿ると、その歴史は明治末期から大正時代の海軍兵学校や陸軍の運動会、旧制中学校の武道大会余興にまで遡ります。当時は規律正しい軍事訓練の合間に、兵士たちの緊張を解きほぐす「滑稽競技」の一つとして考案されたと記録されています。
戦後、高度経済成長期の学校教育の中で、飴食いは「障害物競走の必須関門」として定着しました。網くぐり、平均台、麻袋ジャンプと並び、終盤で顔面を真っ白にしてゴールへ駆け込む姿が、運動会のハイライトとして親しまれたのです。昭和40年代以降はテレビのバラエティ番組やアイドル水泳大会の定番種目として頻繁に取り上げられ、大衆文化としての知名度を決定づけました。
しかし、時代とともに「人前で恥ずかしい姿を晒すことへの羞恥心への配慮」や「個人のプライバシー・ルッキズムへの配慮」という社会心理的な価値観が浸透。令和の現在では、単なる身体能力の競い合いではなく、全員が精神的・身体的に安全に参加できる種目への再編が進んでいます。