Q1:徳川15代将軍の中で、最も在任期間が長かった将軍と短かった将軍は誰ですか?
A1:最も在職期間が長かったのは11代・徳川家斉の約50年間(1787年〜1837年)です。大御所となってからも実権を握り続けました。逆に最も短かったのは15代・徳川慶喜の約1年間(1866年〜1867年)で、就任後わずか10ヶ月余りで大政奉還を行いました。
Q2:徳川将軍家にはなぜ「家」の文字がつく人が多いのですか?
A2:初代・家康に由来する「家」の文字を通字(とおりづら)として重んじたためです。15人中11人に「家」がついています。「家」がつかないのは2代秀忠、5代綱吉、8代吉宗、15代慶喜の4名のみです。秀忠は秀吉から、綱吉・吉宗・慶喜はそれぞれ親や主君・先代の偏諱(へんき)を受けたことなどが理由です。
Q3:徳川慶喜が大政奉還を行った本当の狙いは何だったのですか?
A3:武力倒幕を目指す薩摩・長州の大義名分を奪うとともに、政権を朝廷へ返上した上で、自らを首班とする「諸侯会議(大名連合)」を中心とした新体制を組織し、実質的な主導権を握り続ける政治的シナリオを描いていたためです。
Q4:徳川将軍家の子孫は現在どうなっていますか?
A4:明治維新後、徳川宗家は華族(公爵)となり、16代・徳川家達(いえさと)は貴族院議長を30年以上にわたり務めました。現在も徳川宗家は存続しており、歴史的文化財の保全や国際親善活動など幅広い分野で活躍を続けています。