モンキー・パンチが遺したルパン三世の真実|原作の毒とアニメの光

モンキー・パンチが遺したルパン三世の真実|原作の毒とアニメの光

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名作『ルパン三世』の歩みは、1967年8月10日創刊の『漫画アクション』(双葉社)から始まりました。当時30歳だった加藤一彦は、北海道浜中町出身。上京後は貸本漫画や同人活動を経て、同誌の創刊ラインナップの目玉として新連載の打診を受けました。そこで生み出されたのが、モーリス・ルブランの生んだ怪盗アルセーヌ・ルパンの孫を主人公に据えるという破天荒なプロットです。

創作のインスピレーション源となったのは、加藤が敬愛してやまなかったアメリカの風刺雑誌『MAD』の看板イラストレーター、モート・ドラッカーの描線でした。映画『シャレード』のようなサスペンスとエスプリ、さらにはスパイアクションの緊迫感を融合させ、アメコミ特有の陰影と躍動感を日本の漫画表現へと落とし込んだのです。当時アシスタントを務めていた実弟の加藤輝彦との二人三脚による作画体制も、スタイリッシュな画面構成を支える大きな原動力となりました。

トレードマークである「モンキー・パンチ」という強烈なペンネームは、初代編集長である清水文人による命名でした。加藤本人は自著の手記や過去のインタビューで「『なんだその名前は、ウケ狙いにも程がある』と猛反発した。どうせ3ヶ月で打ち切りになるだろうと諦めて承諾した」と苦笑交じりに振り返っています。国籍不明で無国籍な怪奇さを漂わせる筆名は、本人の思惑を超えて日本のサブカルチャー史に深く刻まれる看板となりました。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。