メディアやネット掲示板において、長年にわたり幾度となく浮上してきたのが「高嶋兄弟の共演NG説」や「不仲説」です。実際、ふたりが同じドラマや映画で本格的に共演した回数は、キャリアの長さに対して驚くほど少数にとどまっています。
かつて1980年代後半のデビュー初期に単発のテレビ企画やカネボウのCM等で並び立ったことはあるものの、本格的な劇映画や連続ドラマでの共演は意識的に避けられてきました。この事実が独り歩きし、「顔も見たくないほど仲が悪いのではないか」という憶測を呼んだのです。しかし、芸能関係者の証言や当時のインタビュー資料を精査すると、そこにあったのは感情的な対立ではなく、極めて合理的かつプロフェッショナルな「住み分け戦略」でした。
ふたりは顔立ちも体格も似ており、何より「高島忠夫の息子」という巨大なレッテルを貼られて世に出ました。もし安易に兄弟セットで作品に出続ければ、世間からは永遠に「高島兄弟」というパッケージでしか消費されず、個別の役者として一本立ちすることが不可能になります。同じ事務所に所属しながらも、あえて現場を完全に切り離し、互いの仕事に口を出さないルールを徹底したのです。
実際の兄弟仲を証明する決定的な出来事が、2010年代初頭に起きた弟・政伸の泥沼離婚騒動と、父・忠夫の重度のうつ病闘病および晩年の介護問題でした。連日メディアが政伸の私生活をセンセーショナルに書き立てていた当時、兄の政宏は公の場で弟を詰るような言動は一切取らず、陰で精神的な支えとなっていました。また、父が2019年に88歳で静かに息を引き取った際も、兄弟は母・寿美花代を挟んで固く手を取り合い、家族葬を執り行っています。
「ベタベタと群れないが、人生の有事には誰よりも頼りになる」。ふたりが構築したのは、単なる仲良しごっこを超えた、成熟した大人の男同士の信頼関係と言えます。