なぜネットユーザー、とりわけアイドルや二次元コンテンツのファン層(推し活勢)は、これほどまでに「吐血」という血生臭い身体反応を好んで用いるのでしょうか。当編集部がSNS上の発信者複数名に取材を行ったところ、既存のポジティブな絵文字に対する共通の「もどかしさ」が浮き彫りになりました。
「普通のハート(❤️)や笑顔(🥰)では、推しの圧倒的な尊さによって受ける内面への衝撃が表現しきれない。『可愛い』を超えて『物理的なダメージを受けた』という感覚を伝えるには、血を吐くくらいの比喩が一番しっくりくる」(20代・女性アイドルファン談)
このような吐血絵文字ネットの反応を心理学の観点から紐解くと、興味深い人間心理が作用していることが分かります。心理学には、あまりにも愛らしい対象を目にした際に、脳の感情調整機能が働き、攻撃的・破壊的な衝動の言語化を伴う「キュート・アグレッション(Cute Aggression)」という現象が知られています。推しが放つ魅力の許容量(キャパシティ)を脳が超えてしまった瞬間、あふれ出す激しい情動を自己破壊の比喩(「死ぬ」「溶ける」「吐血する」)に置き換えることで、心の平穏を取り戻そうとする防衛反応の一種です。
さらに文化社会学的な側面から見れば、日本のアニメ・特撮史における「打撃による喀血描写」が、ネットスラングの「尊死(とうとし=尊すぎて絶命する)」と結びついた結果と言えます。自分の主観的な好意を一方的に語るのではなく、「推しの放った魅力という名の不可避の攻撃によって、致命傷を負わされた被害者」という文脈を演じることで、同好の仲間たちと共感し合う独自のコミュニケーション作法が形成されているのです。