私たちが日常的に目にする「斉藤」と「斎藤」という表記の揺れは、偶然の産物ではありません。その発祥は遠く平安時代、日本史を大きく動かした藤原氏のルーツにまで遡ります。
当時、朝廷において絶大な権勢を誇った藤原北家は、一族が爆発的に増えたことで、誰がどの家系に属するのかを識別する必要に迫られました。そこで生まれたのが、自らの役職や居住地の地名を「藤」の字に組み合わせる家号(名字)の仕組みです。近江の藤原で「近藤」、加賀の藤原で「加藤」と呼ばれるようになったのと同様に誕生したのが、「さいとう」でした。
その直接の始祖とされているのが、平安時代中期の武将である藤原叙光(のぶみつ)です。叙光は、天照大神の御杖代として伊勢神宮に奉仕した未婚の内親王「斎宮(さいぐう)」を補佐する長官、すなわち伊勢神宮と斎宮頭(さいぐうのかみ)の要職に就任しました。この官職名である「斎宮頭の藤原」を縮め、誇り高き職掌を後世に残すために名乗った苗字こそが、本来の「斎藤(齋藤)」の起源です。
この歴史的事実が示すとおり、発祥の原点に存在していた文字は、神聖な神事に仕える身を清める意味を持った「齋(斎)」の字でした。つまり、歴史的な正統性という観点から見れば、原初において「斉」の文字が使われていたわけではなかったのです。