望月新一氏の特異性を語るうえで欠かせないのが、一般的なエリートの枠組みを遥かに逸脱した驚異的な天才としての経歴です。1969年に東京都で生まれた望月氏は、国際的なビジネスに携わる父親の仕事の関係で幼少期に渡米しました。日米を行き来しながら、米国屈指の名門私立高校であるフィリップス・エクセター・アカデミーに学び、わずか2年で高校課程を修了しています。
その規格外の頭脳はとどまるところを知らず、わずか16歳でプリンストン大学へ飛び級進学を果たしました。同大学を19歳で卒業(学士号取得)した後、23歳の若さで数学博士号(Ph.D.)を取得しています。指導教授を務めたのは、フェルマーの最終定理の解決にも決定的な役割を果たした数学界の巨人、ゲルト・ファルティングス氏でした。ファルティングス氏をして「彼は極めて傑出した頭脳の持ち主である」と唸らせた逸話は、学界で広く語り継がれています。
日本に帰国した後は、弱冠23歳で京都大学数理解析研究所(RIMS)の助手に着任。アレクサンドル・グロタンディークが提唱した難解極まる「遠アーベル幾何学」の予想を単独で解決するなど、次々と歴史的業績を打ち立てました。2002年には32歳の若さで京大教授に就任。数学界では「間違いなく将来のフィールズ賞候補」と目される、名実ともに日本の至宝でした。