色川武大と伊集院静の真実|夏目雅子逝去の絶望を救った奇跡の絆

色川武大と伊集院静の真実|夏目雅子逝去の絶望を救った奇跡の絆

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二人の関係性を語る上で、避けて通れない原点が1985年9月11日である。交際7年を経て結婚したばかりの最愛の妻、夏目雅子が白血病によりわずか27歳で永眠。当時、気鋭のCMディレクターや作詞家として華やかな世界にいた伊集院静の日常は、一瞬にして音を立てて崩壊した。自宅に閉じこもり、浴びるようにウイスキーを飲み続け、夜の街で無謀な喧嘩に明け暮れる日々。関係者や友人が何を言っても、その頑なな心を溶かすことはできなかった。

死の誘惑と隣り合わせだった伊集院静の前に、ある日ひょっこりと現れたのが色川武大だった。すでに阿佐田哲也として『麻雀放浪記』で空前のブームを巻き起こし、純文学でも野間文芸新人賞を受賞するなど文壇の重鎮だった色川は、編集者を通じて伊集院静の荒廃しきった生活を知る。色川自身、少年期からの過酷なアウトロー生活、精神の病理、そして激しいナルコレプシーの発作と戦い続けてきた「生きることの落第生」を自認する人物だった。

伊集院静の自著や回想録によると、初対面の席で色川は、妻を亡くした哀しみについて同情の言葉を投げかけることは一切しなかった。ただ巨躯を揺らしながら伊集院の目を見つめ、唐突にこう切り出したという。「伊集院君、競輪場に行かないか」。人生のどん底で立ち尽くす青年にとって、善意の励ましは何よりも重い刃となる。色川はその残酷さを誰よりも知悉していた。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。