白洲次郎の服飾エピソードとして最も有名であり、同時に多くの議論を呼んでいるのが白洲次郎ツイードジャケットにまつわる逸話です。「ツイードなんてものは、買ってすぐに着るもんじゃない。スコットランドの雨ざらしに数日晒すか、庭師に着せて体が馴染んだ頃合いにようやく自分で羽織るものだ」という言葉は、彼の服飾論を語る上で欠かせない定例句となっています。
東京・町田の旧邸「武相荘(ぶあいそう)」に遺された当時の私物を検証すると、愛用されていたハリスツイードやドネガルツイードのジャケットは、擦り切れや補修の跡がありながらも、驚くほど柔らかく身体の線に沿うように育っていました。SNSや服飾フォーラムでは「新品のツイードを雨に晒すのは狂気の沙汰」「現代のデリケートなウールで真似をしたら一瞬で縮んで台無しになる」といった愛好家の声が散見されますが、これは本質を取り違えた解釈といえます。
次郎が語った白洲次郎着こなしルールの本質は、物理的に服を痛めつけることではありません。「買ったばかりのピカピカした服を着て気取っている姿ほど野暮なものはない」「服に着られるな、服を自分の身体の一部にまで手懐けろ」という英国カントリージェントルマンの粋を説いていたのです。武相荘の庭で土いじりをし、農作業着のジーンズからツイードジャケットへ着替えても全く違和感がなかったのは、服が彼の生活そのものと完全に同化していたからに他なりません。