なぜロシアは国際法を蹂躙してまで隣国ウクライナへの全面攻撃に踏み切ったのか。この問いを理解するためには、安全保障、イデオロギー、内政という3つの異なるレイヤーが重なり合った構造を把握する必要があります。ウクライナ侵攻がなぜ始まったのかという疑問を紐解く、決定的な3つの要因を解説します。
1. NATO東方拡大に対するロシアの過剰な警戒感
冷戦終結後、旧東欧諸国やバルト三国が相次いでNATO(北大西洋条約機構)に加盟しました。ロシア指導部はこの動きを「欧米による勢力圏の侵害」と捉え、激しい反発を募らせてきました。ウクライナがNATO加盟を目指す憲法改正(2019年施行)を行うと、ロシア側は自国の喉元に西側の軍事拠点が築かれる安全保障上の「レッドライン」を越えたとみなしました。ロシア国境からモスクワまでの平野部には天然の要害が存在せず、ウクライナを欧米に対する「緩衝地帯」として自国の影響下に留め置くことが不可欠であるという地政学的脅威論が、武力行使への引き金となりました。
2. プーチン大統領が掲げる「大ロシア主義」と領土的野心
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、2021年7月に発表した論文『ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について』の中で、「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族である」と主張しました。この言説は、ウクライナ固有の言語、文化、独立した国家主権を完全に否定するものです。ソビエト連邦崩壊を「20世紀最大の地政学的惨事」と公言してきたプーチン大統領にとって、ウクライナを再びロシアの勢力圏に組み入れることは、失われた大国としての威信を取り戻すための個人的な歴史的使命となっていました。
3. ウクライナの民主化・親欧米化による国内体制崩壊への危機感
ロシア指導部が最も恐れていたのは、国境を接し言語や文化的な近縁性を持つウクライナが、汚職を排した民主主義国家として繁栄し、欧州連合(EU)の価値観に統合されることでした。隣国で民主的な政権交代が定着すれば、ロシア国民が自国の強権体制や権威主義的な統治に疑問を持ち、「民主化運動」がロシア国内に波及しかねません。プーチン政権にとって、親欧米派政権の打倒と自らの息がかかった傀儡政権の樹立は、自国の統治基盤を維持するための防衛策という側面を持っていたのです。