池田氏の死去が日本社会に与えた最大の実害的・政治的影響は、支持母体である創価学会と公明党の関係性の変化にあります。1964年に池田氏の手によって結党された公明党は、長年にわたり「政権のキャスティングボート」を握り、自公連立政権の安定装置として機能してきました。
しかし、池田氏という精神的支柱を失ったことで、信徒の選挙活動に対する熱量には無視できない変化が生じています。かつて「F票(友人・知人票)」と呼ばれた学会員による徹底的な集票活動は、会員自身の高齢化と相まって急速に縮小しています。さらに、池田氏の直接の薫陶を受けていない「学会2世・3世」層の中には、自公連立による防衛政策の転換や社会保障政策に対する不満から、公明党への盲目的な投票を拒む動きも顕在化しています。
自民党側にとっても、これまで頼りにしてきた「計算できる基礎票」が目減りしたことで、選挙協力の見直しや政策決定の優先順位に変化が生じています。池田氏の不在は、単なる一宗教団体の問題にとどまらず、日本の連立政権の力学そのものを不可逆的に塗り替える契機となりました。