ここからは、『桃花源記』の全編を意味のまとまりごとに5つのパートに分け、白文・書き下し文・現代語訳・重要語句解説をセットで完全網羅します。定期テストや受験対策に直結する決定版テキストとして活用してください。
第1段落:桃の花咲く林への迷い込み
【白文】
晉太元中、武陵人捕魚爲業。縁渓行、忘路之遠近。忽逢桃花林。夾岸数百歩、中無雑樹。芳草鮮美、落英繽紛。漁人甚異之。復前行、欲窮其林。
【書き下し文】
晋の太元中、武陵の人、魚を捕るを業と為す。渓に縁(そ)うて行き、路の遠近を忘る。忽(たちま)ち桃花の林に逢ふ。岸を夾(はさ)むこと数百歩、中に雑樹無し。芳草鮮美にして、落英繽紛(ひんぷん)たり。漁人甚だ之を異とす。復(ま)た前に行き、其の林を窮めんと欲す。
【現代語訳】
東晋の太元年間のこと、武陵に魚捕りを生業としている男がいた。ある日、谷川に沿って小舟を進めるうちに、どれほどの距離を来たのか分からなくなってしまった。すると突然、桃の花が咲き誇る林に出くわした。両岸数百歩にわたって広がり、その間には他の雑木が一本もない。かぐわしい草は瑞々しく美しく、散った花びらが乱れ舞っている。漁師はこの尋常ならざる光景をたいそう奇妙に思った。そこでさらに先へと進み、この林の果てまで見極めようとした。
【語句解説・文法ポイント】
- 太元:東晋の孝武帝の年号(376〜396年)。年代を明示することで説話の信憑性を高める手法。
- 縁渓:「縁」は「〜に沿う」。
- 落英繽紛:「落英」は散る花びら。「繽紛」は乱れ散るさま。漢詩的な四字連語として記述問題の定番。
- 異之:「異」は形容詞の意動用法で、「これを奇妙に思う(怪しむ)」。
- 窮:動詞で「極める」「端まで行き着く」。
第2段落:洞窟を抜けて別天地へ
【白文】
林尽水源、便得一山。山有小口。彷彿若有光。便捨船、従口入。初極狭、纔通人。復行数十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舎儼然。有良田・美池・桑竹之属。阡陌交通、鶏犬相聞。其中往来種作、男女衣著、悉如外人。黄髪垂髫、並怡然自楽。
【書き下し文】
林は水源に尽き、便(すなわ)ち一山を得たり。山に小口有り。彷彿(ほうふつ)として光有るが若(ごと)し。便ち船を捨て、口より入る。初めは極めて狭く、纔(わず)かに人を通ずるのみ。復た行くこと数十歩、豁然(かつぜん)として開朗なり。土地平曠(へいこう)にして、屋舎儼然(げんぜん)たり。良田・美池・桑竹の属有り。阡陌(せんぱく)交通し、鶏犬相聞こゆ。其の往来種作する中、男女の衣著(いちょ)は、悉(ことごと)く外人の如し。黄髪(こうはつ)垂髫(すいちょう)、並びに怡然(いぜん)として自ら楽しむ。
【現代語訳】
桃の林は水源のところで途切れ、そこに一つの山が現れた。山には小さな洞窟の穴があった。かすかに光があるように見える。そこで漁師は船を捨て、穴から中へと入っていった。初めのうちは極めて狭く、やっとひとりが通れるほどであった。しかしさらに数十歩進むと、からりと視界が開けて明るくなった。土地は広々として平らで、整然と家々が立ち並んでいる。肥沃な田畑、美しい池、桑や竹の類が生い茂っている。あぜ道が縦横に通じ合い、あちこちから鶏や犬の鳴き声が聞こえてくる。その中で行き交い農作業をする人々の衣服は、すべて外の世界の人々と同じであった。老人や子供たちも、みな楽しそうにくつろいでいる。
【語句解説・文法ポイント】
- 便:「すなわち」と読み、「そこで」「すぐに」。順接の接続詞。
- 彷彿:「ほうふつ」。「かすかに」「ぼんやりと」。
- 纔:「わずかに」と読み、「かろうじて」。限定を表す重要副詞。
- 豁然開朗:視野が一気に明るく開けるさま。情景描写の白眉。
- 阡陌:「せんぱく」。東西南北に交差するあぜ道。
- 悉:「ことごとく」。すべて(「皆」「咸」と同義)。
- 黄髪垂髫:「黄髪」は髪が黄白色になった老人。「垂髫」は髪を結ばず垂らした幼い子供。老若男女を指す比喩。
- 怡然自楽:心安らかに自足しているさま。
第3段落:村人との歓待と隠遁の真相
【白文】
見漁人、乃大驚、問所従来。具答之。便要還家、設酒殺鶏作食。村中聞有此人、咸来問訊。自云、「先世避秦時乱、率妻子邑人、来此絶境。不復出焉。遂与外人間隔。」問今是何世。乃不知有漢、無論魏晋。此人一一為具言所聞、皆歎惋。余人各復延至其家、皆出酒食。停数日、辞去。
【書き下し文】
漁人を見て、乃(すなわ)ち大いに驚き、従(よ)りて来る所を問ふ。具(つぶさ)に之に答ふ。便ち要(むか)へて家に還り、酒を設(ま)け鶏を殺して食を作(ま)く。村中此の人有るを聞き、咸(みな)来たりて問訊(もんじん)す。自ら云ふ、「先世、秦の時の乱を避けて、妻子邑人(ゆうじん)を率(ひき)ゐて、此の絶境に来たる。復た出でず。遂に外人と間隔せり」と。今是れ何れの世ぞと問ふ。乃ち漢有るを知らず、魏晋は論無(い)ふに及ばず。此の人一一(いついつ)為に具(つぶさ)に聞く所を言ふに、皆歎惋(たんわん)す。余人各々復た延(まね)きて其の家に至り、皆酒食を出だす。停まること数日、辞し去る。
【現代語訳】
村人たちは漁師の姿を見るやたいそう驚き、どこからやって来たのかを尋ねた。漁師が詳しく答えると、村人は彼を招いて自宅へ連れて帰り、酒を用意し鶏を料理してもてなしてくれた。村じゅうの人々がこの異邦人の噂を聞きつけ、みな様子を尋ねにやって来た。村人自らこう語った。「先祖が秦の時代の戦乱を避けて妻子や同郷の人々を連れ、この外界から断絶した土地に逃れてきたのです。それ以来二度と外へ出ず、とうとう外の人々とは没交渉になってしまいました」と。そして彼らは「今はいつの時代なのですか」と尋ねた。彼らはなんと漢王朝があったことすら知らず、魏や晋の時代などは言うまでもなかった。漁師が彼らのために、自分の見聞した歴史の推移をひとつひとつ話して聞かせると、村人たちはみな驚き悲嘆のため息をついた。他の人々もそれぞれ自宅へ漁師を招き入れ、誰もが酒や料理を出してもてなした。漁師は数日間滞在した後、暇乞いをして立ち去ることにした。
【語句解説・文法ポイント】
- 所従来:「よりてきたるところ」。「所+動詞」で「〜の場所」「〜の理由」。どこから来たのか。
- 具:副詞で「つぶさに」。詳細に、もれなく。
- 要:「むかふ」と訓読(「邀」に通じる)。招く。
- 咸:「みな」。全員が。
- 絶境:世間から隔絶した土地。
- 無論魏晋:【テスト超頻出】「魏晋は論無(い)ふに及ばず」と書き下す。「〜は言うまでもない」「まして〜はなおさら知らない」の意味。「無論」を現代語の感覚で「もちろん」と直訳すると失点するため厳重警戒が必要。
- 歎惋:深く感じ入って嘆息すること。
- 延:「まねく」。自宅に招じ入れる。
第4段落:破られた誓いと太守の出撃
【白文】
此中人語云、「不足為外人道也。」既出、得其船、便扶向路、処処誌之。及郡下、詣太守、説如此。太守即遣人随其往、尋向所誌。遂迷不復得路。
【書き下し文】
此の中の人語(つ)げて云はく、「外人の為に道(い)ふに足らざるなり」と。既に出でて、其の船を得、便ち向(さき)の路に扶(そ)ひ、処処に之を誌(しる)す。郡下に及び、太守に詣(けい)し、説くこと此(かく)の如し。太守即ち人を遣はして其の往くに随ひ、向に誌す所のものを尋ねしむ。遂に迷ひて復た路を得ず。
【現代語訳】
この村の人が漁師に念を押して言った。「外の世界の人々には、どうか私たちのことを話さないでください」と。漁師は洞窟を出て元の船を見つけると、以前通ってきた道筋をたどり、あちこちに目印を刻んでおいた。そして郡の役所に到着すると、太守(郡の長官)にお目通りを願い出て、事の次第をこのように報告した。太守は直ちに部下を派遣し、漁師に同行させて、以前目印をつけた場所を探し求めさせた。しかし、とうとう道に迷ってしまい、二度とあの桃源郷への道を見つけることはできなかった。
【語句解説・文法ポイント】
- 不足為外人道也:【最重要句法】「外人の為に道(い)ふに足らざるなり」。「不足+動詞」で「〜するに足りない(〜するほどの価値はない/〜するには及ばない)」。「為」は前置詞で「〜に対して」。「外の人に話すほどのことではありませんよ」という控えめな嘆願・口止め。
- 向:副詞・連体詞で「さきの」「以前の」。
- 扶:「そう」。沿って進む。
- 誌:動詞として使われ、「しるす」。目印をつける。
- 詣:「けいす」。身分の高い人物を訪問する。
- 尋向所誌:以前目印をつけた場所を辿り探す。
第5段落:高士・劉子驥の死と途絶えた道
【白文】
南陽劉子驥、高尚士也。聞之、欣然規往。未果、尋病終。後遂無問津者。
【書き下し文】
南陽の劉子驥(りゅうしき)は、高尚の士なり。之を聞き、欣然(きんぜん)として往かんと規(はか)る。未(いま)だ果(は)たさずして、尋(つ)いで病みて終はる。後遂に津(しん)を問ふ者無し。
【現代語訳】
南陽の劉子驥は、名利を求めない高潔な隠士であった。この不思議な話を聞き、大いに喜んで桃源郷へ行こうと計画した。しかし実行できないまま、まもなく病気で亡くなってしまった。その後はとうとう、桃源郷への渡し場を探し求める者はいなくなってしまった。
【語句解説・文法ポイント】
- 劉子驥:実在の隠者(劉驎之)。俗世を避けて暮らした人物を登場させることで説話の格調を高めている。
- 欣然:喜ぶさま。「〜然」は状態を表す接尾辞。
- 規:動詞で「はかる」。計画を立てる。
- 未果:「いまだはたさず」。再読文字「未」を用いた否定構文。実現しないこと。
- 尋:副詞で「ついで」。まもなく、やがて。
- 津を問ふ:【超重要成句】「津」は船着き場・渡し場。転じて「目的地への道順を探す」「探求する」。以後、誰もその理想郷を目指さなくなった寂寥感を象徴して物語を結ぶ。