次男の秩父宮雍仁親王は、陸軍将校としての道を突き進み、「スポーツの宮様」として絶大な国民的人気を誇った。しかし、その爽やかな表情の裏には、軍部の革新派将校たちと宮中勢力との板挟みに苦しむ孤独な姿があった。特に1936年に勃発した二・二六事件当時、反乱軍から精神的支柱として期待されていた秩父宮がどのような態度をとるかは、まさに国家の存亡を分ける重大な局面に他ならなかった。
国家統治の頂点に立つ昭和天皇と、陸軍の現場の空気感を肌で知る秩父宮。兄弟でありながら、時として冷徹なまでの意見の食い違いが生じることもあった。後に病魔に侵され表舞台を去ることを余儀なくされたが、軍国主義へとなだれ込む時代の中で自らの信念を貫こうとした彼の足跡は、王族が背負った過酷な宿命を物語っている。