ハード系のフランスパンが隆盛を極める一方で、神楽坂には昭和の懐かしさを残す伝説の味覚が存在していた。かつて神楽坂上交差点近くに店を構えていた老舗「亀井堂」だ。ここの代名詞であったクリームパンは、持った瞬間に崩れそうなほどズッシリと重く、トングではなくフライ返しですくってトレーに乗せるスタイルで親しまれた。
溢れんばかりの自家製カスタードクリームは、滑らかで優しい甘さ。手に取った瞬間のあの感動は、長年この街に通う人々の心に深く刻み込まれている。店舗の形態が変わってもなお、その味の記憶と職人魂は神楽坂のパン文化の底流として生き続けている。
洗練された最新のブーランジェリーと、下町情緒を残す昔ながらのパン屋。このふたつが喧嘩することなく共存し、互いを引き立て合っている点こそ、神楽坂という街が持つ最大の奥行きだろう。