瀬戸の陶磁器産業を語るうえで避けて通れない人物がいる。「磁祖」と称される加藤民吉だ。19世紀初頭、瀬戸の陶器生産が九州の有田焼などの磁器に押されて衰退の危機に瀕した際、民吉は単身九州へ渡り、秘伝とされた磁器の製造技術を命がけで持ち帰った。
彼が持ち帰った技術革新によって、瀬戸焼は従来の陶器から白く堅牢な磁器へと劇的な進化を遂げる。資料館の展示では、民吉の足跡とともに、登り窯の激しい炎に耐え抜いた当時の作品や道具が丹念に紹介されている。一個の陶器に懸けた男の執念が、この街の産業基盤を決定づけたのだ。