音楽活動と並行して彼が切り拓いたもう一つの主戦場が「純文学」の世界です。多くのミュージシャンによる執筆活動がタレント本やエッセイの枠内に留まりがちな中、尾崎世界観は当初から本格的な文芸作品として評価を受けてきました。
2016年に発表した処女小説『祐介』では、売れないバンドマン時代の焦燥感や自己嫌悪、暴力的なまでの衝動を生々しく描き出しました。自身の本名をタイトルに冠したこの半自伝的作品で作家としての資質を示すと、2026年発表の『母影(おもかげ)』で第164回芥川龍之介賞の候補に選出されます。小学校低学年の少女の視点から、マッサージ店で働く母親の周囲に漂う不穏さと純粋な愛情を描いた同作は、選考委員からもその繊細な言語感覚を高く評価されました。
さらに2026年には、声帯の不調を抱えるミュージシャンとファンの心理的力学、SNS時代の自意識を描いた『転の声』で第171回芥川賞候補に再びノミネート。ロックミュージシャンの余技という見方を完全に払拭し、現代の人間関係の歪みを独自の解像度で切り取る小説家としての実力を証明しました。