鹿野山九十九谷展望公園が単なる絶景スポットにとどまらず、文化的・芸術的にも特別な価値を持つ理由は、昭和を代表する日本画の巨匠・東山魁夷 残照 モデル地として語り継がれている歴史にあります。
1947年(昭和22年)、東山魁夷は第3回日展に風景画の大作『残照』を出品し、特選を受賞しました。これは彼の画業における大きな転機となった出世作です。終戦直後、肉親を相次いで亡くし深い孤独と喪失感の中にあった魁夷は、失意の旅の途中で鹿野山に登り、眼下に広がる上総丘陵の果てしない山並みを写生しました。当時の手記や回顧録の中で、魁夷は「沈みゆく夕日の中で、山谷が幾重にも重なり合い、自然そのものが無償の美しさを放っていた。その光景に打たれ、生きる力を取り戻した」という趣旨の心情を残しています。
削り取られた砂岩と泥岩の地層が風雨によって幾重もの山ひだを作り出した九十九谷の景観は、昭和63年に「房総の魅力500選」、平成18年には「ちば眺望100景」に選定されました。山墨が滲んだような幽玄な谷の重なりは、訪れる者の心を鎮め、自然の造形美に対する畏敬の念を呼び覚まします。