多くのディズニーファンが見落としがちな盲点があります。それは、「アリエルは物語全体の半分近く、歌うどころか言葉すら発していない」という冷徹な事実です。
『白雪姫』や『シンデレラ』、『塔の上のラプンツェル』など、歴代のディズニープリンセスは劇中の随所で歌声を響かせます。しかしアリエルは、物語の第1幕の終わりで魔女アースラに「美しい歌声」を奪われてしまいます。つまり、観客が彼女の生きた歌声を耳にできるのは、序盤の「パート・オブ・ユア・ワールド」とそのリプライズ、そしてラストのわずかな余韻だけなのです。
だからこそ、限られた歌唱シーンに観客の全感情を惹きつけなければならないという、脚本・音楽上の強烈なプレッシャーが存在しました。「歌えない時間」が長く続くからこそ、最初に披露される歌声が圧倒的に美しく、切なく、聴き手の脳裏に焼き付くものでなければならなかったのです。このドラマツルギーの逆説こそが、「アリエルの歌」がディズニー史上で最も神聖視される最大の理由です。