時計の針を1980年代の終わりに巻き戻す。東北随一の歓楽街として知られる仙台・国分町。ネオンが濡れたアスファルトを照らす一角に佇んでいたのが「バー・サガン」だ。カウンター越しに夜の喧騒を受け止めていたバーテンダーの佐々木寛氏のもとに、酒があまり得意ではない一人の女性客が訪れた。「飲みやすくて、甘くて、でも酔いすぎないカクテルを」。その控えめなリクエストに応えるべく、佐々木氏が手に取ったのが、当時登場したばかりのピーチリキュールだった。
果汁で割れば甘ったるく、炭酸では刺激が強すぎる。佐々木氏が着目したのは、当時日本人の舌に急速に馴染みつつあった烏龍茶のシャープな渋みだった。ピーチの芳醇なアロマを烏龍茶のタンニンが引き締め、驚くほど軽やかな喉越しを生み出す。このシンプルな組み合わせは、瞬く間に彼女の心を掴んだ。レゲエミュージックをこよなく愛していた彼女へのオマージュとして、その一杯は「レゲエパンチ」と命名された。ひとつのバーの片隅で生まれた即興の一杯が、後に列島を縦断する大ヒットになるとは、当時の誰も想像していなかった。