竹下景子さんの若い頃を振り返ると、その知性と美貌は当時の日本社会において唯一無二のポジションを確立していました。愛知県名古屋市東区に生まれ、実家と家族構成における大きな礎となったのが、厳格かつ公正な人柄で知られた父親・竹下重人(しげと)氏です。弁護士として社会運動にも尽力した父の教えを受け、竹下さんは南山中学校・高等学校女子部を経て東京女子大学文理学部社会学科を卒業しました。
NHK名古屋放送局制作のドラマで子役としてキャリアをスタートさせた後、1970年代から1980年代にかけてその名は全国に轟きます。特に彼女の人気を決定づけたのが、1976年からレギュラー解答者を務めたTBS系『クイズダービー』でした。土曜夜の国民的娯楽番組において、司会の大橋巨泉氏から「三択の女王」と称された竹下さんは、正解率7割台後半という驚異的な知力と直感力を発揮しました。
明治生命(現・明治安田生命)の「お嫁さんにしたい女優」アンケートでは複数年にわたり首位を独走。「知性」「清楚」「芯の強さ」を兼ね備えた女性像は、昭和の高度経済成長から安定成長期へと移行する日本において、理想のパートナー像として社会現象となりました。