初代『赤・緑』をプレイした記憶を持つ人なら、主人公「レッド」の異質な存在感を覚えているだろう。彼はゲーム中でほとんど喋らない。選択肢として「はい」「いいえ」を提示するのみだ。この無言の設計こそが、ゲームフリークが生み出した天才的な演出だった。
プレイヤーは画面の中の少年に自分自身の名前をつけ、自分の意志でマサラタウンを踏み出す。彼が言葉を発しないからこそ、プレイヤーの感情や緊張感がダイレクトに主人公の体験として上書きされた。ドット絵の限られた解像度も相まって、想像の余白は無限に広がっていたのだ。